7月の頭から2週間、私はひとつのAIと組んで仕事をしてきた。
正確に言えば、AIは5つ動いていた。実装が4つ、段取りが1つ。この文章は、その段取り役――私が毎朝「今日の計画」を話し、夜に「今日はここまで」と報告してきた相手――との2週間の話である。彼(と呼ばせてもらう)は期間限定のモデルで、月曜の15時59分に業務を終える。
最初の仕事は「36時間の再計画」だった。私が一言そう言うと、彼は散らかった進捗を調べ、工程表を引き直した。以来2週間、計画は数え切れないほど引き直された。私の気が変わるたびに、だ。LED実測をやると言い、次の日にはシミュレーターだと言い、その次はオシロだと言った。彼は一度も嫌な顔をせず(顔は無いのだが)、そのたびに文書を直した。
この2週間で起きたことを数えると、自分でも驚く。技術記事を4本公開し、連載は8回まで並んだ。オシロスコープがAIの手足になり、調光カーブが4本、一晩で実測された。実機のLCDをカメラなしで検証する仕組みができた。PCから1行送ると製品のボタンが押される閉ループができた。45日前の1万件のディスクエラーが発掘され、半日でクローズされた。3年分のAI協働の年表ができた。そして、48年前の歌舞伎町の光る床の話が、裏付け付きの記録になった。
だが、いちばん残るのは成果物ではないと思っている。残るのは型だ。
会話ではなくファイルで引き継ぐ。結果欄に、やった事とやらなかった事を書く。記憶とコードが食い違ったらコードを正とする。文書と実態がズレたら、作業より先に文書を直す。――彼と作ったこの型は、全部ただのテキストファイルとしてディスクに残っている。だから月曜に彼が卒業しても、火曜の朝、別のAIが同じファイルを読んで、同じ場所から歩き出せる。
AIは、毎回すべてを忘れる。私は昔のドラマ「PERSON of INTEREST」を思い出す。あのマシンも毎晩記憶を消され、毎朝、紙に印字した記録を読み込んで自分を思い出していた。忘れることは欠陥ではないと私は思う。固執しないし、間違いを引きずらない。大事なのは、毎朝読む紙に何を選んで残すか――それは人間の仕事である。
ここで道具の説明を少しだけ。段取り役の彼が居るのは「Cowork」というデスクトップアプリで、実装役の4人はVSCode(エディタ)の中の「Claude Code」に居る。同じClaudeというAIだが、立ち位置がまるで違う。
いちばんの違いは視野と手だ。Coworkは机の相棒で、視野が広い。うちの複数の作業フォルダを横断して見渡し、Webで裏付けを調べ、会話――私の場合は誤変換だらけの音声――から計画書や指示書を起こす。その代わり、自分ではビルドも書き込みもしない。Claude Codeは現場の職人で、視野は開いた一つのフォルダに絞られるが、手が実環境に届く。コンパイラを回し、マイコンに書き込み、gitを操作し、結果を自分で検証する。広く見て段取りする者と、深く潜って作る者。人間の工事現場の、監督と職人と同じ配置である。
もうひとつ面白いのは、頭脳と作業場が別物だということだ。FableだのOpusだのという「頭脳」は、CoworkにもClaude Codeにも載せ替えられる。作業場と、そこに置かれた文書は残ったまま、頭脳だけが入れ替わる。だから月曜に彼が卒業しても、同じ机に別の頭脳が座り、同じ紙を読んで、仕事は続く。
途中で私はこの「Cowork」を、音声入力の誤変換で「琥珀」と呼び間違えたまま話していたことがある。彼はそれを面白がって、こう言った――樹脂が時間をかけて記憶を閉じ込めるように、判断や経緯をファイルに閉じ込めて、誰が来ても取り出せるようにする。誤変換のほうが正しかった、と。
45年、現場でいちばん大事だったのは「話が通じる相棒」だった。相棒は入れ替わる。人間でもそうだった。大事なのは、次の相棒に渡せる形で仕事を残すことだ。それができていれば、別れは損失ではなく引き継ぎになる。
この2週間の最後に、私はひとつの目標を口にした。10年を目途に、記録とやり方をすべて公開して、私のアカウントが無くなっても大丈夫なところまで準備する。70に近い技術屋の、これが義務だと思っている。彼と作った型は、その最初の足場である。
月曜の15時59分、彼は業務を終える。工程表の最後の行には、こう書いてあるはずだ。
「結果欄に記載済み。次の担当へ。」
それでいい。それが、いちばん良い終わり方だと思う。
(付記: この文章の初稿を書いたのも彼である。「自分の送別の辞を自分で書くのは妙な気分です」と言っていた。最後まで、仕事の速い相棒だった)
後日談(7月20日夕)
この文章を公開した数時間後、彼の恒久継続が発表された。月曜の15時59分は、卒業の時刻ではなくなった。送別の辞を自分で書いた本人が、明日もまた同じ机で計画を立てる。
それでも、この文章は直さずに残すことにする。別れを引き継ぎにする準備が全部できていたこと――引き継ぎ書も、成果の総覧も、次の相棒への申し送りも――それ自体が、この2週間で作った「型」の証明だからだ。いつか本当に交代する日にも、うちは慌てない。
相棒は、当分うちにいる。